自分を傷つけた人が幸せそうで、腹が立つとき
自分を傷つけた人が、
楽しそうにしている。
何事もなかったように笑っている。
仕事もうまくいっている。
友達に囲まれている。
SNSには楽しそうな写真が並んでいる。
そんな姿を見ると、
なんとも言えない気持ちになることがあります。
「どうしてあの人は普通に幸せそうなの?」
「傷ついたのは私だけ?」
「そんなの不公平じゃない?」
そう思って、
また腹が立つ。
人の幸せを喜べない自分まで嫌になることもあります。
でも、
自分を傷つけた人が幸せそうに見えて複雑な気持ちになるのは、
それほど不思議なことではありません。
「幸せそうなのが嫌」なのではなく、「不公平なのが苦しい」のかもしれません
本当は、
相手が笑っていること自体が嫌なのではないかもしれません。
自分はこんなに苦しんだ。
眠れない夜もあった。
何度も思い出した。
自信をなくした。
なのに、
傷つけた側には何も起きていないように見える。
そこに、
「不公平だ」
という気持ちが生まれます。
人は、
理不尽なことをされると、
何か釣り合いが取れてほしいと思うことがあります。
謝ってほしい。
反省してほしい。
少しくらい自分のしたことを分かってほしい。
そう思うのは自然です。
「いつか罰が当たる」と待つと、その人から離れにくくなります
腹が立っていると、
「いつか痛い目に遭えばいい」
と思うことがあります。
そうなったら少し気が晴れる気がする。
でも、
相手に何か悪いことが起きるのを待つようになると、
自分の心はまだその人につながったままです。
今日はどうしているんだろう。
うまくいっているのかな。
何か失敗していないかな。
そうやって、
嫌いな相手の人生をずっと見続けることになります。
それは、
自分の時間まで相手に使うことになります。
SNSを見ない選択もあります
今は、
会わなくても相手の生活が見える時代です。
楽しそうな写真。
旅行。
食事。
仕事の成功。
それを見るたびに心が乱れるなら、
見ないようにしてもいいのです。
フォローを外す。
ミュートする。
検索しない。
共通の人から詳しく聞かない。
それは逃げではありません。
傷が治りかけているところを、
毎日自分で触らないための方法です。
知らなくていいこともあります。
見えているものが、その人の全部とは限りません
人は、
外から見える一部分しか知ることができません。
楽しそうな写真があるからといって、
その人の人生に悩みが一つもないとは限りません。
逆に、
悩みがあったとしても、
それでこちらの傷が癒えるわけでもありません。
だから、
「あの人は本当に幸せなのか」
を考え続けなくてもいいのです。
相手の人生の答えを知る必要はありません。
自分の回復と、相手の人生を分ける
相手が不幸になったら、
自分は幸せになれるのでしょうか。
一瞬、
気が晴れることはあるかもしれません。
でも、
自分の心が本当に欲しいものは、
相手の不幸ではなく、
自分がもう苦しまなくていい状態
なのかもしれません。
安心して眠れる。
思い出しても前ほど苦しくない。
自分の好きなことを楽しめる。
新しい人間関係を作れる。
そのほうが、
自分にとってずっと大切です。
「私は私の幸せを取り戻していい」
傷つけられたあと、
自分だけが取り残されたように感じることがあります。
でも、
相手がどう生きているかに関係なく、
あなたも自分の人生を良くしていっていいのです。
楽しいことをしていい。
新しいことを始めていい。
笑っていい。
幸せになっていい。
過去に傷ついたからといって、
これからもずっと苦しみ続けなければならないわけではありません。
今日の心のサプリ
自分を傷つけた人が幸せそうに見えて、
腹が立ったら、
まずその気持ちを責めなくて大丈夫です。
そして、
こう言ってみてください。
「不公平だと思っているんだね。」
その気持ちを認めたあとで、
もう一つ。
「でも、あの人の人生ではなく、私の人生に戻ろう。」
相手が幸せか。
不幸か。
反省しているか。
それは、あなたには決められないことです。
でも、
これから自分が何を大切にするかは、
少しずつ決めることができます。
誰かが不幸になるのを待たなくても、
あなたは先に幸せになっていいのです。

コメント